知と痴
リッツカールトン東京の45階、アジュールフォーティファイブでセクシーランチ。「ドレスコードはセクシーで」とメールしたら、「助平でですね」と返ってきた。逢ってみたらスーツにネクタイでいつもの格好だったから、
「今日のセクシーポイントは?」って聞いたら、
「清潔なこと」だと言う。「おろしたてだから、白洋舎のプレミアムクリーニングだし」と言うので笑った。
正面に東京タワー。その向こうにはお台場、東京湾という絶景を見ながら、気取ったサービスを受け、気取ったところの全くない私たちが大笑いして食べるランチ。
相手が真剣すぎれば過ぎるほど笑ってしまうのはなぜなのだろう。子供のころ「口を開けっぱなし」「笑うな」とよく注意された。
大学に入るころには「世の中ナメている」「世の中そんなものじゃない」と言われていた。
だって、ワインを注ぐナントカっていう装置が、ゴーストバスターズみたいなんだもん。それを瓶に装着してジューって注いでいる。あれでワインをかけあって遊んだあと、ナインハーフみたいに盛り上がると楽しそうと妄想。セクシーマインドが止まらない。
知性や知識という言葉で表現される「知」というものは、それだけではセクシーさに欠ける。「知」は頭、マインドが支配するものだからかしら。頭でセックスするから困難になる。ちゅーの仕方を教えて欲しいという若者もいるらしいし。
痴態や愚痴で表現される「痴」を辞書でひいてみたら、「愚かなこと、ばかげていること、またはそのさま」って書いてあった。その瞬間に全開でいたら結果的に痴態を演じることもあるのではないかな。人はときに愚かになる。それってセクシーだったりもする。
食事のあとミッドタウンの桜の下、手をつないで歩いた。はらはらと散り始めた桜が美しい。千鳥ヶ淵と四ツ谷の上智大学の土手とニューオータニの庭園もはしご。
只今東京では最高潮の桜。信じられないくらい長持ちしている平成最後の桜。生命力豊かな4月の太陽を浴びながら、透き通るような青空と桜並木のなかを男の人と手をつないで歩くのはいいものだ。
生が差し出してくるものをすべて受け取る。何であれ起こってくることが起こってくる。それはただ、そうであるしかない。他にはありようがない。あるがまま以外であってほしいという抵抗や期待がない状態で、全開で受け取る。そうきましたかって。
生ってどんな映画よりも美しくてどんなギャグ漫画よりも面白いのだ。
今日も最高のエクスタシーを。
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