愛は自由
最近面白い患者さんばかり来る。こんなに面白いのにお金取っていいのかなって思うくらいの。まあいいや。今日みたいに空が青くてまっさらで太陽がキラキラしている土曜日に仕事しているんだからお金くらいもらわないとね。
ときには愛とセックスについてのガールズトーク。ときには男の人と恋愛談義。
なんだか「バーりえこ」みたいになってきた。ほんとにみんな患者さんなの? どこからか派遣されたサクラじゃないの? もう開き直ってバーにして、ジントニックを2000円で出そうかと受付の子と話して笑っている。
決して不真面目ってわけではないけれど、治療者が真剣に深刻になればなるほど事態は複雑になる。深刻な患者さんは治療者が作り出しているフシもある。
先日男の人と手をつないで桜の下を歩いたと書いたら、何人かに「恋人ができたの」と言われた。「いいえ」と答えた。
「そんな限定されたものではないの。しいていえば人間愛。」と答える。人は関係を限定したがる。恋人となればそれなりのルールで縛りあう。人を「自分のもの」にしたがる。
子どもの頃仲良しの男の子と手をつないで歩いた。いつも手をつないでいた。ただ手をつなぎたいから。ただ仲良しだから。手をつなぐとどこまでも行けそうな気がした。私の男女関係はそこがルーツで今もそんなに変わっていない。
「自分のものにする」って思えばすごい言葉だ。なんというエネルギー。なんというコントロール。なんという暴君。専制君主。暴れん坊です。笑。
欲しがる気持ちは搾取だ。人は今日も人を搾取している。愛という名のもとに搾取している。自分の思い通りにならないことで感情を爆発させている。
愛という名の搾取は精神科医ならお手のもの。そうなっていないかを常に疑うことが大切だ。思い通りにいかせたいコントロールのエネルギーが自分のなかにもまだあり、それを知っていることが大切なんだ。パンツ(パンティ)の緒を締めよう。
幾つになっても手をつなぐことを純粋に楽しめる人間でいたい。
今日もセクシーな一日を。
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